ピアノを習っている子たちの多くが、「合格」をとても大事にしています。
間違えずに弾けたかどうか。
上手と言ってもらえるかどうか。
次の曲に進めるかどうか。
合格は、わかりやすいゴール。
がんばった自分に印がつくようで、嬉しいものですよね。
だからこそ、そこを目指して一生懸命になる子が多いのも、よくわかります。
でも実は、音楽の本質は、そこにはないのです。
ちょっと変わった宿題を出してみました
先日、小学3年生のYちゃんに、こんな宿題を出しました。
レッスンで合格になった曲を、おうちで動画に撮ってみてね。
そして、一番「これがいい!」と思ったテイクを、先生に送ってね。
録画して提出、というだけなら一見シンプルな宿題。
でもそこには、私からの小さな願いが込められていました。
それは、「自分の演奏を、自分で客観的に聴いてみる」という体験。
「音を出す自分」と「音を聴く自分」。
両方の視点を持つことで、音楽はもっと自由に、もっと深くなる。
そんなきっかけになればと思っての課題でした。
聴く耳が育っていく
次のレッスンの時、Yちゃんのお母様から嬉しいご報告をいただきました。
動画を撮って、それを見返したときに
「ここはもっとこうした方がいいかな」と自分で判断して、
次の撮影ではその部分を直そうとしていました。
…なんて素敵な気づき!
誰かに言われたから直すのではなく、
自分の耳で、自分の演奏を聴いて、自分で考える。
こうして「音を聴く耳」は、少しずつ育っていくんだなぁと、感動しました。
自分で選んだ“最高のテイク”
送ってくれた動画には、〇〇ちゃんの“今の精一杯”が詰まっていました。
「これがいちばんいい!」と本人が選んだ、その一音一音には、
他人の評価を超えた誇りや愛着があふれていて、
先生として何よりも嬉しく、誇らしいものでした。
今回はご家族のご了承をいただき、動画もご紹介させていただきます。
※生徒宅で撮影し、私に送信してくれた、実際の宿題動画です。
合格なんて、どこにもない
音楽の道を進んでいくと、やがて気づくようになります。
「合格」なんて、実はどこにも存在しない。
演奏に“完成”というゴールはなく、
表現には“正解”も“終わり”もありません。
むしろ、時間が経つほどに深まるものがたくさんあるのです。
たとえばワインのように、
少し寝かせておくとふっと立ち上がる香りが変わるように、
同じ曲でも、演奏するその人の年齢や立場、心情、経験によって
まったく違う表現になることがよくあります。
今の自分にしか出せない音があって、
未来の自分にしか出会えない響きがある。
だからこそ、音楽には“終わり”がないのです。
「弾く」だけじゃないレッスンを
これからも、ただ“正しく弾ける”ことだけではなく、
“音を感じる心”や“自分の音楽を育てる力”を
丁寧に育てていくレッスンをしていきたいと思っています。
合格も、進度も、もちろん大切。
でもそれは、音楽の本当の楽しさへ向かう「入り口」にすぎません。
「弾けた!」の先にある、「どう感じた?」「どんな音だった?」を、
これからも子どもたちと一緒に、たくさん味わっていきたいと思います。