連載|コンクールと、音楽と、わたし⑤(最終回)

それでも、コンクールを受ける意味があるとしたら

ここまで読んでくださって、
「結局、コンクールってどうなの?」
そんなふうに思っている方もいるかもしれない。

受けたほうがいいのか。
受けなくてもいいのか。
向いているのか、向いていないのか。

正直に言えば、この問いに、ひとつの正解はない。


コンクールは、音楽の価値を決める場所ではない。

それは、受ける側としても、指導する側としても、そして今、審査する側に立ってみて、はっきりと感じていることだ。

でも同時に、音楽との向き合い方が、これ以上なく浮き彫りになる場所でもある。


評価されることで、自信を持てる人もいる。

結果が出たことで、次へ進む力を得る人もいる。

一方で、点数や順位によって、自分の音楽を疑ってしまう人もいる。

どちらが良い、悪いではない。

ただ、コンクールは、人を映す。


私自身、受ける側として、悔しさも、喜びも、評価に振り回された時間も、すべて通ってきた。

そして今、審査員という立場で演奏を聴くようになって、ようやく、はっきりわかったことがある。

コンクールの結果は、才能の証明ではない。

ましてや、その人の未来を決めるものでもない。


それでも、コンクールを受ける意味があるとしたら。

それは、自分は何を大切にして音楽をしているのか。
その問いと、真正面から向き合う機会になることだと思う。

評価に寄せるのか。
自分の音を信じるのか。
そのあいだで、どう揺れるのか。

答えは、人それぞれでいい。


私は、コンクールで1位を取った翌日に、それまで積み上げてきたものを手放し、0から学び直す道を選んだ。

それは、結果が欲しくなくなったからではない。

結果よりも、自分の音楽のほうが大切だと、はっきりわかったからだ。


今、生徒さんや保護者の方から、こんな質問を受けることがある。

「コンクールを受けたほうがいいでしょうか。」

そのたびに、私はこう思っている。

受けてもいい。
受けなくてもいい。

ただひとつだけ、忘れないでいてほしいことがある。


音楽は、評価されるためだけに、続けるものではない。

コンクールで1位を取らなくても、誰かの心に残る音楽はある。

点数には表れなくても、「また聴きたい」と思わせる演奏は、確かに存在する。


コンクールは、人生を決める場所ではない。

でも、音楽とどう生きていくのかを、考えるきっかけにはなる。

その距離感を、自分なりに選び取れるようになったとき、コンクールは、もう怖い存在ではなくなる。


音楽は、順位よりも、ずっと長く、人生に寄り添ってくれる。

私は、そう信じている。


もし今、結果や評価の途中で、立ち止まっている人がいたら。

迷っていたり、比べてしまったり、「これでいいのかな」と思っている人がいたら。

この言葉を、そっと置いておきたい。


3歳からずっと音楽を続けてきて、今、はっきりと思う。

すべてが過程であり、
すべては、過程でしかなかった。

本当に、
すべてが。

タイトルとURLをコピーしました