ソリスティックと言われて、伴奏を考えるようになった日

実は私、昔、卒業式の合唱伴奏オーディションで落ちたことがあります。

当時の私は、ピアノを弾くことが大好きで、一生懸命練習もしていました。

「希美子ちゃんと言えばピアノ、ピアノと言えば希美子ちゃん」
そんなふうに言ってくれるクラスメイトもいて、みんなも私が受かると思っていたようです。

伴奏が私ではないと担任の先生から発表された時、教室にどよめきが起こったほどでした。

だからこそ、結果を聞いたときはとてもショックでした。

担任の先生は本当に優しい先生で、
「うちのクラスから指揮者が出ることになったから、ピアノは別のクラスからということになりました」
と説明してくれました。

けれど、音楽専任の先生から言われた理由は、ひと言。

「ソリスティックだから。」

🎼 伴奏って、何だろう?

その言葉を聞いたとき、私は正直、すぐには意味がよく分かりませんでした。

一人で弾くように弾いていた、ということなのか。
目立ちすぎていた、ということなのか。

でも、その経験をきっかけに、私は考えるようになりました。

伴奏って、何だろう?

ピアノが上手に弾ければ、それでいいわけじゃないのかもしれない。

そんな問いが、ずっと心のどこかに残りました。

🎤 高校で声楽を始めて見えたこと

高校に入ってから、私は大好きだった声楽も学び始めました。

そこで、ひとつ大きな驚きがありました。

ミスがあるかどうか。
楽譜通りに弾けているかどうか。

そんなことよりも、声楽の先生がレッスンで弾いてくださる伴奏が、驚くほど歌いやすかったのです。

呼吸が自然にできる。
言葉が前へ流れていく。
声が安心して出せる。

失礼ながら、決して「完璧な演奏」ではありません。
そもそも楽譜通りではないし、音が特別美しいわけでもない。

それでも、とにかく歌いやすい。

「歌を支える伴奏って、こういうものなんだ。」

そのとき初めて、伴奏の本当の役割が少し見えた気がしました。


🎵 歌う側を知って、伴奏が変わった

一方で、試験や発表会でピアノ科のクラスメイトに伴奏をしてもらうと、
楽譜通りで上手いのに、どうしても歌いにくいのです。

実際に自分が歌ってみると、伴奏に対して感じることがたくさんありました。

絶妙な間。
息を吸う余裕。
高音がポーンと乗せられる支え。
単純なテンポの問題でない・・・音楽に沿った自由なテンポルバート。
例えば、推進力の必要な箇所一つとっても、どんどんピアノが先行して音楽を作っていって欲しいところがあれば、後ろから煽って欲しいところもあるし、馬に乗っているようにピアノとの一体感が欲しいところもある。

伴奏とは何と難しいものか!
正しく弾くことよりも数倍、やらなくていけないことがある。
ただ音を並べるものではなく、歌を支えるための音なのだと、少しずつ分かってきました。

そして私は高校3年間、ずっと同じ声楽科の子の伴奏を担当していました。

試験前だけでなく、毎週レッスンに同席させてもらい、声楽の先生から伴奏についてもたくさんのことを教えていただきました。

この3年間は、本当に学びの多い時間でした。

ピアノソロの上手い下手と、伴奏の上手い下手はイコールではない。

この感覚を、体で覚えた時期だったと思います。

そして、その感覚は今のレッスンにも大きくつながっています。


🌙 あの日の経験が教えてくれたこと

あの日「ソリスティック」と言われたことは、当時の私には少し苦い経験でした。

でも今振り返ると、
あの出来事があったからこそ、私は「伴奏とは何か」を考えるようになったのだと思います。

ピアノが上手に弾けることと、歌が歌いやすいことは、必ずしも同じではない。

そのことを知ってから、私の中で伴奏は少しずつ違う意味を持つようになりました。

今、生徒たちと一緒に伴奏を作っていく時間が、とても好きです。


合唱伴奏は、少し視点を変えるだけで音楽が大きく変わります。

伴奏だけを見てほしい、というレッスンもお受けしています。
オーディション前や本番前など、必要な方はいつでも気軽にご相談くださいね。

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