連載|コンクールと、音楽と、わたし③

「自分の演奏をする」と決めた日

一度、思いきりやってみようと思った。

受賞するためではない。
でも、受賞を目指して、ちゃんと向き合ってみよう、と。

その頃の私は、
評価から完全に自由になっていたわけでもないし、かといって、評価にすべてを委ねる気にもなれずにいた。

だからこそ、ひとつだけ、はっきり決めたことがあった。

自分の演奏をする。

受賞を狙った演奏はしない。
「こう弾けば評価されやすい」という音楽には、寄せない。

それだけは、守ろうと思った。


ちょうどその頃、私は、コンクールに否定的ではない師匠のもとで学んでいた。

勝つことだけを目的にするのではなく、音楽とどこまで深く向き合えるか。

結果がどうであれ、自分が大切にしてきたものを舞台の上に置いてくる。

そんな姿勢を、当たり前のように尊重してくれる環境だった。


本番で演奏したのはラヴェルだった。

色彩。
響き。
空気感。

原曲がオーケストラ曲のため、さまざまな楽器をイメージした多彩な音色をどこまで表現できるか。

私は「評価されるかどうか」よりも、「この曲で音楽をしていると言えるかどうか」それだけを考えていた。


結果は、1位だった。

正直に言えば、一番驚いたのは、私自身だった。

でも、それ以上に心に残っているのは、授賞式での出来事だ。

フランスで教鞭を取っていた審査員長が、わざわざ通訳の方を呼び、こう伝えてくれた。

「どうしてもお伝えしたいことがあります。1位の方のラヴェルの演奏は、本当に色彩豊かで素晴らしかった。私のルーツはスペインということもあり、本当に素晴らしいラヴェルの演奏を聴くことができて幸せに思っています。」

私と師匠がずっと大切にしてきたこと。
言葉にしきれない部分を含めて、ちゃんと聴いてもらえた

そのことが、何よりもうれしかった。


この「1位」は、私の中でゴールにはならなかった。

むしろ、その翌日、私は次の扉を叩いていた。

このままでは、もう天井だ。

そこまで必死に取り組んだからこそ、それが、はっきりわかった。

今の奏法のままでは、これ以上、行ける場所は限られている。

もう一段、音楽の景色を変えるには、奏法そのものを変えるしかない。


1位を取った翌日、私は、今の師匠の門を叩いた。

それは、成功の延長ではなく、0からやり直すという決断だった。

1位を取ったことで、今こそ「卒業の時」だと感じた。

これまで積み上げてきたものを、一度、手放す覚悟が決まった。


評価を手に入れたから、次へ進めたのではない。

評価を手に入れたことで、限界が、はっきり見えたのだと思う。

このときの選択が、のちに私の耳を変え、音の聴き方を変え、そして、コンクールという場所の見え方まで変えていくことになる。


次回は、0から始めた新しい奏法と、再びコンクールに立ったときに起きた変化、そして「審査員の耳」が、私に見えるようになっていった話を書こうと思う。

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